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ボートンオンザウォーターの惨劇 上巻 [旅]

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明け方、濡れた路面上を走るような車の音で目がさめた。カーテンの端を少しめくって外を見る。まだ夜中の雰囲気だが午前6時は過ぎていた。オレンジ色の街灯に照らされる道路は確かに濡れている。激しい降りではない。大半のイギリス人なら傘を使用することなく歩くであろう程度の雨である。しかし日本人なら絶対に傘をさす降りだ。今日は朝食後早々にチェックアウトしヒースロー空港に向かい夕方の便でリヨンへ発つ。つまり移動日だ。しかし天候は良いにこしたことはない。慣れないマニュアル車を操り、知らない道を走らなければならないのだから。
朝食前、奥さんの一服につきあって外に出る。奥さんは日本から持ってきた折り畳み傘を手に、私は今回の旅に傘を持参していなかったので手ぶらだった。絶え間なく雨は落ちていたが大粒ではないし、しとしととまでもいかない程度の降り。雨に濡れている気はしないがしばらく歩くと髪や服が湿っぽくなっている一番厄介な降り方といえるかもしれない。川べりの公園には誰もいない。当然いかなる店もオープンしていないから舗道を歩く人影もない。ゆったりと流れる小川の音と朝早くから川下りを楽しむ鴨の鳴き声が時折きこえてくる。静寂という言葉がこれほどマッチする村は世界のどこにもないに違いない。小さな橋を渡り、私たちが宿泊したホテルが正面に見える川沿いの舗道で立ち止まった奥さんは、ポーチから煙草をとりだしライターで火をつけた。煙草を吸わない私にはわからないが空気の澄んだこうした場所での一服は、ホームの端の喫煙スペースで吸う煙草よりはるかに美味しいに違いない。住人の迷惑、環境問題などをまったく無視できればの話だが。
「あっ」という声を奥さんが発した。昨今のヨーロッパには煙草を吸える場所は皆無に等しいという私の脅し文句を信じていた奥さんは、今回の旅行に携帯灰皿を持参していた。外で一服するときはその携帯灰皿を利用していたのだが、どうやらそれを川に落としたらしい。幸い携帯灰皿は川底に沈むことなくなんとか浮いている。また川の流れがゆっくりなので下流にどんどん流されるということもない。奥さんは私に助けを求めているようだった。私は奥さんの持っていた傘を奪い取り、傘を裏返して川に差し入れた。ドーム状となって開いた傘の内側で川の水とともに携帯灰皿をすくいあげようという作戦である。ところがだ、緩やかに見える川の流れも意外と強い。傘が裏側に水が入ると傘がどんどん流されるのがわかる。さらにこのまま川の流れに身をゆだねると傘の骨が折れることは間違いない。私は傘の内側にたまった川の水を落としながら傘を川から引っ張りあげた。携帯灰皿はあきらめるしかない。
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