バスタイム [楽]
新車の匂いは堪らない。乗用車はもちろんだが私は新車のバスの匂いが大好きだ。
子供の頃から車に興味があった私は、学校帰りに駅前のバス乗り場でバスを待つ間も次々に駅に戻ってくるバスを眺めていた。新型と思える見慣れないバスが駅前広場に入ってくるとワクワクしたものである。バスは駅舎前で一旦乗客を降ろした後、行き先標示を替えてそれぞれの乗り場に向かう。もちろんそのまま車庫に戻ってしまうバスもある。ぐるりとロータリーを廻ってきたバスの行き先標示をみて私の乗るバスだった時は小躍りした。あの塗りたての塗料と新しいシートの匂いがかげるのだから。昔はワンマンカーではないから乗車口は中央部に1ケ所だけ。運が良ければ運転手さんのすぐ横、つまり最前部に座ることができた。塗料の匂いに興奮しつつ最前部に向かい起毛が感じられるシートに陣取る。次は最前部の下部に貼りつけられた煙草の箱大の鉄板を探す。そこにはそのバスの製造元や製造番号、そして製造年月日が刻印されていた(コーションプレートというらしい)。初めて乗る新車でも製造年月日から結構月日は経過していたのだが、車が完成してもバス会社別に塗装し納車されていただろうから、先週完成しましたというようなバスはないのだろうと子供の私は推測していた。バスの数も多くない時代、新車に遭遇する機会など年に何度もない。しかし新車のバスの匂いをお腹いっぱい満喫できるところがあった。それがモーターショーだ。晴海で開催されていたモーターショーでは乗用車やバイクは建物の中で綺麗なモデルさんと共に展示され大混雑していた。しかしバスやトラックはといえばモデルさんの姿もない屋外の空き地。人も多くはなく、どのバスにも待たずに乗車できた。街中を走る乗合バスだけではなく観光地の駐車場でしかお目にかかれない観光バスにも乗れたのだから私にとっては夢のような時間だったのである。
あの頃から半世紀あまり、会場も晴海から幕張や有明に移った。今でも自由に新型バスに乗れるのだろうか。そもそも展示されているのだろうか。いや、鉄道好きの鉄子や大相撲好きのスー女もいる時代だ。バス娘(こ)やトラ女(ジョ)で結構賑わっているのかもしれない。さらに最近はバスに乗る機会もめっきり減ったので不明だが、私が胸躍らされた製造年月日が刻まれた鉄板は現在のバスでも同じ場所に貼付されているのだろうか。今度駅前に停車している発車待ちのバスに用もなく乗って運転席周りをじっくり確認してみるとしよう。あらぬ疑いで捕まるかもしれないが。
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