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面倒くさい関係 [小説]

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「21時21分発のぞみ473号新大阪行き間もなく発車となります」人影もまばらなホームに流れるアナウンス。「昭恵、さっきも全然食べてなかったじゃないか。ちゃんと食事しなきゃダメだよ」「だって晋三とまた5日間会えなくなるのよ、食べられるわけないじゃない」デッキに立つ晋三とホームに立つ昭恵は握り合った手を離さない。「ドアが閉まります」ひと時でも長く一緒にいたい二人を無情にも裂くアナウンス。手を離したと同時にドアが二人を遮断した。昭恵の瞳から落ちた一筋の涙がホームを濡らす。相手に届かないことはわかっているが「晋三」「昭恵」それぞれ別の世界からお互いの名をつぶやく二人。のぞみは徐々にスピードをあげ東京駅のホームから姿を消した。零れ落ちる涙をぬぐうことなく手を振り続ける昭恵。数寄屋橋付近のカラフルなネオンの灯りが晋三の顔を照らす。昭恵の姿はとうに見えない。彼はため息をつきようやく席に向かう。車両の中ほど3列席の通路側9Cが晋三の席だった。父の遺品であるマジソンバッグを網棚に乗せのシートに座る。隣席9Bには誰もいない。窓側9Aに座っていた女性が晋三に声をかけた。「純愛してはりまんなあ、王子様」「令和の時代にシンデレラエクスプレスなんて死語ありえないでしょ。あーやっと週末が終わった。うれしー。ところでそっちは今夜彼とのお涙頂戴セレモニーはなかったの?」「彼、夕方札幌へ行ってしもた。ちゃんと羽田でシンデレラ演じてきたさかいご心配なくー」。その時、晋三のスマホがラインの着信を知らせた。昭恵の視界の先にある涙で歪んだ二本のレールが直線になるまでさほど時間はかからなかった。ホームのベンチに座りバレンシアガのバッグの中からiPhoneを取り出しラインを打ち始める昭恵。『会いたい、今すぐ会いたい』。「重い、重い、この思い重すぎ。これ見て。馬鹿なのほんと。勘弁してくださいよだよ」晋三はすでに9Bの席に移っており右手で9Aに座る女の左手を握っている。そして列車が品川駅を出るころには彼女にしなだれかかりながら深い眠りについていた。晋三へラインを送った昭恵は足早にコンコースに通じる階段を下りる。日曜の夜なのですれ違う人もいない。昭恵のiPhoneが振動しラインの着信を告げる。「嘘っ!」不満気な呟きとともに画面をみる昭恵の頬が膨らんだ。100年前の姿を取り戻した東京駅丸の内駅舎の前に佇んでいても違和感のないモンスターマシンBMW-M6。その助手席側のドアが開き女が乗り込む。「太郎君、何で急に変更すんのよ。八重洲口のが近いのに。歩き疲れた私ー。」「ライトアップされた東京駅を見てもらおうかと思ってね」「興味ないから全然。ところで今夜はシンデレラ気取りの百合子姫はどうしたの?」「帰ったはずだよ新幹線で、今夜から札幌ってことになってるから俺」「あーお腹すいた。焼肉行こう。ハラミ、ハラミ食べたーい」「了解。昭恵さま」。ブラックサファイアカラーのM-6は乾いたエンジン音を轟かせ灯りの消えた丸の内のオフィス街にやがて同化していった。
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