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令和一揆が日本を変える [怒]

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下記は数年前に記したものです。時代は平成から令和になりました。当時の与党は現野党に、当時野党だった自民党は現在1強の与党となっています。総理は菅で変わりませんが、読み方が「かん」から「すが」に変わりました。でも議事堂で働く皆様方のお考えは与野党問わず数年前と何も変わっていないようです。

先日久しぶりに国会議事堂前を車で通りました。随所に警官は立っていましたが週末ということもあってか人影はまばら。小グループの修学旅行生が議事堂をバックに記念写真を撮っていた程度です。片側5車線の道路を走る車もほとんどありません。半世紀前の安保闘争の際には議事堂周辺のこの広い通りが、十万人を超えるデモ隊で埋まったそうですが今は平穏、静かなものです。国民が我慢強くなったのか、それとも去勢されてしまったのでしょうか・・・。
今年(2011年)流行語大賞にノミネートされるかもしれない「一定の目途」がたったのかどうかはわかりませんがようやく新しい総理が誕生しそうです。野党のみならず身内からも厳しいバッシングを受けてきてとうに撃沈していてもおかしくなかった菅さんを見て、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」とは小泉元総理も言ってはくれないでしょう。与党は代表選をにらんで党員資格のない大御所のご機嫌を伺いながら駆け引きし、野党は大連立なんてとんでもないと長年政権の座にいた誇りもないのか、すっかり立派な野党になりきって与党を批判するばかり。国会議員の大半は国民ではなく自分たちの立場を優先させているようです。議事堂はそんな先生方で占拠されていますが、この国はちゃーんと動いていました。被災地の方々も復興に向けすでに立ち上がっています。国会議員が足の引っ張り合いをしているその間にも、お役所や民間企業が知恵を出し努力し、そして被災者をはじめ国民ひとりひとりが辛抱し協力してきたのです。予算が足りなくなればまず税率をあげよう、新たな税を設けよう声高に言う。それと同時に自分たち議員の数を大幅に削減してはどうか、与えられた特権は返上すべきだという声がどうしてきこえてこないのでしょうか。落選したらただの人、頭の中は次の選挙のことだけ。地元へ帰って盆踊りや祭りに参加する前に国会議員として為すべきことが他にあると思うのですが。国会議員は国のために働くことが責務ではないのですか。地元の繁栄が第一では困ります。もちろんおらが村から町から総理を、先生の地盤であるこの村この町を潤わせて欲しいと望む国民の側にも問題はありますが。選挙毎に選挙区をくら替えさせる等、選挙制度そのものも見直し、本当に国の舵取りを任せられる議員たちを議事堂に送り込む必要があるのではないでしょうか。
甘い蜜の味を知ってしまい永田町の垢にまみれた先生方には議事堂からとっとと去ってもらわなければいけません。前回(2009年)の総選挙で従来の政治にレッドカードを掲げたものの何も変わっていないように思える日本。首相が任侠道の方々の力を借りてまでデモ隊を鎮圧しなくてはならなかった半世紀前のように、私たちが身をもって怒りを表現し、先生方自身が身の危険を感じるような事態にならないと永田町界隈から退散などしないのかもしれませんが。
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